ファッションとフィーリングこんなふうに自動車は非常にめんどうな機械なのですが、それがこうまで故障しなくなったというのは、自動車の各部分が一つ一つ改良されると同時に、全体のバランスが非常によくなったからです。
こうして現在では、いちばん初めにお話ししたように、ボンネ。
トを開ける必要がないような車、タイヤの交換をしないでもいいような車が登場しているのですが、そのうえにさらに変速機がオートマチックになってきました。
それからステアリングはパワーステアリングになってきました。
だからハンドルを切るのが、指でつまんで動かせるほど軽くなり、それからトランスミッションを操作するわずらわしさがなくなりました。
一九八五年の日本の新車登録台数のうち、五一%がオートマチック車であり、七万七%がパワーステアリング車です。
ここまで車が改良されてくると、残った問題は車を運転する場合のいわゆるフィーリングです。
つまり、チョコチョコ走るほうが私は好きだとか、優雅に走りたいとか、とにかく高速道路を突っ走りたいとか、そのときの手応えといいますか、感じというものがあるでしょう。
つまりフィーリング、味のようなもの、これが非常に問題になってきています。
もう一つは車のデザインー~ファッションが大きな問題になる。
いまや自動車はファッションとフィーリングの時代になってきました。
ファッションとフィーリングが重要な要素になったということは、メカのうえのトラブルが非常に少なくなって、そういう余裕が出てきたことを意味しています。
自動車は本当に大衆のものになってきたのです。
未解決の最大の問題、自動車事故さて残った大きな問題は、なるほど車は故障しなくなったが、車と車がぶつかるとめちゃくちゃにこわれ、車と人とが衝突すれば人が大怪我をするか死ぬという大問題です。
この問題はまったく解決されていないと言うと語弊がありますが、解決の速度が著しく不十分です。
現在日本で毎年死ぬ人がだいたい一万人、アメリカが四万人ぐらいでしょう。
そのほか各国で死んでいますから、世界中でどのくらい死んでいるでしょうか。
少なく見つもって一〇万人としても、一〇年間で一〇〇万人になります。
怪我をしている人は、その五〇倍ぐらいあるでしょう。
そうすると一〇年間で五〇〇〇万人の人が怪我をしていることになります。
いかに自動車が故障しなくなり、フィーリングがどうだ、フ″ツションがどうだといったところで、これは自動車交通の致命的欠陥です。
事実我われの周囲で、おじさんが怪我をしたとか、友人が事故で死んだとか、誰でも犠牲者は身近にいます。
この問題については後で改めて第5章で述べますが、まず自動車そのものに依然として問題があるということです。
つまり安全のうえで大問題がある。
車と車がぶつからないように、あるいは車が自分で谷底に落ちないようにする車自体の技術の改良の方向はどうするのか、という問題を真剣に考えなければいけません。
ドライバーは歩行者の二〇〇〇倍注意を払わねばならないその次はドライバーそのものの人格が問われるという問題です。
つまり、自動車と人間とは接触する場合、だいたい自動車は人間に対して、ゆっくりドライバーは歩行者の2000倍注意を払わなければいけない。
走っているときでも時速四〇キロぐらいで走るでしょう。
人間はだいたい時速四半口ぐらいで歩きます。
両者の速度は一〇対一です。
それから重さはだいたい自動車はIトンで人間が五〇キロとすると重量比は二〇対一。
破壊するときの破壊効果は、まず運動干不ルギーに比例すると考えなければなりません。
運動エネルギーを比較するには、(速度の二乗)×(重量)の値を相互に比較しなければなりません。
そうすると自動車と人間の運動エネルギー比は二〇〇〇対一になります。
ドライバーは「歩行者がぼんやりしているからいかん」と言い、歩行者は「ドライバーが不注意だからいかん。
お互いに注意しましょう」と言うのですが、その場合自動車のほうが二〇〇〇倍よけいに破壊するとなれば、ドライバーのほうが二〇〇〇倍注意を払わないと公平になりません。
ところで二〇〇〇倍も注意を払うことができるかといったら、誰も「できない」と言うだろうと思います。
ということは、自動車と人間とが近接して動いていれば必ずや両者は接触し、そして歩行者は破壊されるということになります。
これは力学上、当然の帰結です。
ドライバーがその事実を念頭に置いて、二〇〇〇倍まではいかなくても、一〇〇倍か数十倍ぐらいはしょっちゅう注意を払ってもらわなければ困ります。
現実にはそういう注意を払っていないから、かなり悲惨な事故が日常茶飯事に起こるということになります。
都市と道路を改造しなければならないその次に注意すべきは、自動車と自動車がぶつかる場合の事故は、高速道路ではまず起こらないということです。
高速道路では真ん中に分離帯が入っていて、自動車はめったに対抗車線に出ませんし、交差点がありませんから、自動車同士の衝突は起こりにくい。
自動車同士の事故でいちばん多いのは、いわゆる出合い頭事故です。
つまり交差点では、双方がスピードを落としていてもよく衝突します。
こういう事故は道路が平面交差だから起こるのです。
立体交差なら、こんな問題は起こらない。
けれども、すべての交差点を立体交差にすると、道路の至るところに立体交差があることになる。
そうすると、まるでデコボコだらけの変な都市ができてしまう。
だから、これは都市の設計そのものを根本的に考え直さなければならないということです。
これもまた後で話しますが、自動車と歩行者を分離する、ないしは自動車と自動車を分離するような道路、そういう都市の試みはあるのです。
少なくとも二一世紀には安全問題を自動車交通上の最大の課題にしなければならないでしょう。
この問題が、実は故障しなくなった車の裏側に残された最大の問題なのです。
競馬から自動車レースヘ自動車が初めて大衆のものになったのは、前にお話ししたように、第一次世界大戦後のアメリカでのことです。
その時代に大量生産とともに自動車の価格がどんどん下がりました。
その前までは自動車は非常に高価なものでした。
ですからヨーロッパでもアメリカでも、それは金持ちや、あるいはヨーロッパ貴族の道楽だったのです。
もともと自動車が登場するまでの欧米の交通機関は、馬車そして馬です。
ことにヨーロッパでは馬は非常に重要なものでした。
ナイト(騎士)という言葉がありますが、騎士は貴族です。
そして王様の周りにいて王様を助ける人たちです。
その騎士は、日本で言えば領主に当たるわけですが、広大な領地をもっているうえに、騎士の騎士たるゆえんは馬の扱いが抜群であるということです。
ということは、中世では騎士が戦争の際の決め手たったことを意味しています。
つまり馬が戦争の勝敗の決め手だった。
今日では核ミサイルが決め手ですし、しばらく前までは航空機や戦車が決め手だったのですが、その以前は、自動車が登場するまでは馬が決め手たった。
だから馬がどれだけ速くみごとに走るかということは、中世のきわめて重要な問題だった。
したがって馬と馬の競争は、王様が直じきに出てくるという競技なのです。
だからイギリスの競馬では、現在でも国王陛下、女王陛下が必ずお出ましになります。
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